1.事業承継と相続を同時に考える重要性

経営と資産を一体で守る、経営者のための統合プランニング

この記事で解決できる課題

  • ✅ 相続と事業承継を別々に考えたことで生じるトラブルへの理解
  • ✅ 経営権と資産の移転を統合的に進めるための考え方
  • ✅ 後継者や相続人との役割・権利の調整方法
  • ✅ 会社の永続性を損なわない資産承継の方法
  • ✅ 法務・税務・人間関係の全体設計の必要性

1. はじめに

日本では中小企業経営者の高齢化が進み、中小企業庁『2023年版中小企業白書』によると、2025年には70歳以上の経営者が約233万人に達すると予測されています。同白書によれば、そのうち、後継者が決まっているのは約半数にとどまっています。帝国データバンクの『2023年全国企業倒産・休廃業動向調査』では、休廃業・解散した企業の約66%が後継者不在を理由としていると報告されています。

一方、相続の問題も切実です。国税庁『令和4年分相続税の申告状況』によれば、相続税申告者の約15%が資産売却により納税資金を捻出しており、自社株や不動産などの事業用資産が相続財産として課税対象になることで、相続人が高額な相続税を負担し、企業存続に影響が出るケースも見られます。

こうした背景から、筆者の事業承継コンサルティング経験に基づけば、事業承継と相続は密接に関連しており、両者を一体的に考えることで効果的な対策が可能になります

事業承継とは単なる経営権の移転にとどまらず、企業の持続可能性を高め、次世代に価値を引き継ぐ戦略的プロセスです。

2. リスクの認識:テーマを軽視するとどうなるか

経営者が陥りやすい失敗パターン

中小企業基盤整備機構『事業承継支援マニュアル』(2022年)と筆者が関与した事例から見られる失敗パターンとして、以下が挙げられます:

  • 先送りによる準備不足:親族内の話し合いが不十分なまま経営者が他界し、遺産分割で揉めた結果、企業が混乱
  • 税務対策の不備:自社株が相続財産とされ、相続人が相続税を納税できず、持株を手放すことに
  • ステークホルダー調整の軽視:経営権を長男に承継するも、他の兄弟が反発。従業員の士気も下がり業績が悪化
  • 事業と個人資産の未分離:会社名義の土地が実は個人資産であったことが相続後に発覚し、トラブルに発展
  • 金融機関・取引先への説明不足:後継者への信頼構築が十分でなく、与信や取引条件に影響が出るケース

「別々に考える」の誤解とリスク

以下は、事業承継コンサルティングの現場でよく見られる誤解と実際のリスクをまとめたものです:

誤解 実際のリスク
相続は個人の問題、会社とは関係ない 自社株が相続財産となり、経営権が分散。会社の意思決定に影響
子どもに継がせるから問題ない 他の相続人との公平性でトラブルになる。後継者の経営能力も要考慮
株は評価が低いから税金も低いはず 類似業種比準などで予想以上の評価に。株価対策は数年前から必要
税理士が対応してくれる 事業承継全体を見据えた設計は法務・経営・税務の専門家連携が必須
承継は引退直前に考えればよい 財産移転・後継者育成・組織体制構築には5〜10年が必要

3. 解決の方向性:「統合的な視点」の提案

事業承継と相続の基本的理解

相続と事業承継の違いと重なり

金融庁『事業承継ガイドライン』(2019年)によれば、相続は「財産の法定移転」、事業承継は「経営の意志と体制の移転」と定義されています。
しかし自社株や不動産などは両者にまたがる共通財産であり、切り離して考えることは困難です。

選択肢の整理

中小企業庁『事業承継ハンドブック』(2023年版)に基づき、承継の選択肢を整理すると:

  • 親族内承継:相続とセットで考える必要が高い
  • M&A:資産承継より経営承継にフォーカスされるが、オーナー個人資産の処遇も計画的に
  • 従業員承継:相続対策が薄くなりがちなので注意。MBOと相続の両立が重要

統合的アプローチの必要性

経営と資産を分けて、同時に設計

企業価値と個人財産は別物として認識し、それぞれに最適な移転方法を検討しつつ、全体として整合性を確保することが重要です。

後継者への経営権移転と相続人への公平配慮

後継者に経営権を集中させつつ、他の相続人には別の資産や役割で公平性を担保する設計が必要です。

法務・税務・心理のバランスを意識した合意形成

法的に完璧でも感情面で納得感がなければ、後々のトラブルにつながります。全ての側面からのアプローチが求められます。

ステークホルダー全体を視野に入れた計画

株主、役員、従業員、取引先、金融機関など、すべての関係者への影響と対応を考慮した計画が必要です。

4. 解決策・戦略の具体的提案

2025年以降の制度活用ポイント

事業承継・引継ぎ補助金

経済産業省『令和6年度事業承継・引継ぎ補助金公募要領』(2024年4月)によれば、2024年度以降は「専門家活用型」のみに移行しています。登録支援機関の認定を受けた専門家の活用が必須条件となり、申請には「経営力向上計画」の策定が前提となるケースが多くなっています。
中小企業庁 事業承継・引継ぎ補助金ポータルで最新情報を確認できます。

相続時精算課税制度の活用可能性

国税庁『相続時精算課税制度のあらまし』(令和6年1月)によると、メリットとして2,500万円まで贈与税非課税、評価額が低い時期に株式移転可能な点があります。一方、デメリットとして一度選択すると撤回不可、年間110万円の基礎控除との併用不可、相続時に贈与額が加算されて課税される点に注意が必要です。
国税庁 相続時精算課税制度の概要で詳細確認できます。

相続登記の義務化

法務省『不動産登記法の改正による相続登記の義務化』(2023年)に基づく制度では、2024年4月から相続を知った日から3年以内の登記が義務化されています。正当な理由なく義務を怠ると10万円以下の過料が科される点に留意が必要です。
法務省 相続登記義務化サイトで手続き確認できます。

事業承継時の資金調達・金融支援

日本政策金融公庫『事業承継・集約化支援資金』(2024年3月確認)や、全国信用保証協会連合会が提供する『事業承継特別保証制度』(2023年)などの活用が検討できます。また、経営者保証に関するガイドライン研究会『経営者保証に関するガイドライン』(2019年12月改訂)では、事業承継時の二重保証解消に向けた枠組みが示されています。

後継者育成と権限移譲のプロセス設計

中小企業基盤整備機構『事業承継実践マニュアル』(2021年)を参考に筆者がまとめた育成ステップは:

  1. 準備段階(承継5〜10年前)
    • 複数部門での経験蓄積
    • 外部研修・セミナーへの参加
    • 経営者との定期的な対話
  2. 移行段階(承継2〜5年前)
    • 部門責任者としての実績作り
    • 社内での信頼獲得
    • 取引先・金融機関との関係構築
  3. 確立段階(承継直前〜2年)
    • 全社的意思決定への参画
    • 共同代表などの形での権限移行
    • 経営方針の明確化と発表
  4. 発展段階(承継後)
    • 先代のサポート体制構築
    • 新たな経営戦略の展開
    • 独自の経営スタイル確立

統合的な事業承継・相続対策の設計ステップ

  1. 現状分析
    • 自社株評価と株主構成の把握
    • 個人資産の洗い出しと評価
    • 相続人・後継者候補の状況確認
  2. 目標設定
    • 最終的な株主構成
    • 経営権の集中度
    • 家族・関係者間の公平性確保
  3. 計画策定
    • 株式移転スケジュール
    • 税制特例活用の検討
    • 組織体制の移行計画
  4. 実行とモニタリング
    • 定期的な進捗確認
    • 環境変化に応じた計画修正
    • 専門家による定期レビュー

5. 成功事例紹介

以下の事例は、実際に支援した製造業A社のケースを、個人情報保護の観点から一部修正し、典型的な要素を加えて再構成したものです。

事例1:製造業・親族内承継の統合対策

企業概要

  • 年商7億円/従業員30名/創業40年
  • 先代経営者:67歳、後継者(長男):38歳、次男:35歳(会社非勤務)

課題

  • 長男に経営を継がせたいが、次男が相続に不満
  • 自社株評価が高く、相続税の負担が重い
  • 創業家の持つ事業用不動産の取扱いが不明確

対策と実施内容

  • 経営承継円滑化法に基づく事業承継税制を活用し株式の80%(評価額1億2,000万円相当)を長男に移転
  • 不動産管理会社を設立し、事業用不動産(評価額9,000万円)を次男が経営する体制を構築
  • 家族会議を半年間で計4回実施、公認会計士の立会いのもと合意形成
  • 後継者の経営能力強化のため外部セミナーに年間120万円投資、経営塾に1年間通学
  • 金融機関3行と主要取引先5社に対し、代表取締役と後継者が共に訪問(3ヶ月で計15回)
  • 経営者保証の段階的解除のため、財務体質改善計画を策定し自己資本比率を30%から45%に向上(業界平均35%)

非後継者の納得プロセス

  • 次男の関心事(不動産管理)を活かした役割設計
  • 将来の配当政策を明文化し、会社法上の株主権を保証
  • 親族間協定を締結し、重要意思決定への関与を担保

金融機関との関係維持策

  • 後継者が財務・経理部門を3年間経験し専門性を構築
  • 段階的な連帯保証の解除(先代25%、後継者75%→後継者100%→保証解除)のロードマップ作成
  • 信用保証協会「事業承継特別保証」を活用した借換により、総額2億円の借入を整理

成果

  • 経営権移行により先代は戦略顧問として海外展開に注力、売上高10%増加(業界平均成長率5%)
  • 相続税負担は事業承継税制の活用で約8,500万円が猶予・免除
  • 家族間の関係も良好に維持(四半期ごとの家族会議を継続中)
  • 従業員の離職率が8%から3%に改善(業界平均6%)

6. 実践の進め方と準備

実践ロードマップ(統合版)

以下は、筆者の実務経験と中小企業基盤整備機構『事業承継支援マニュアル』(2022年)を参考に作成した一般的なモデルケースです。個別状況により調整が必要です:

時期 経営面のアクション 資産・相続面のアクション 実施主体
承継10年前 後継者候補の選定と育成計画作成 自社株評価の現状確認と対策検討 経営者・税理士
承継5〜7年前 後継者の経営参画、部門責任者化 資産の組替え検討、持株会社設立検討 経営者・後継者・弁護士
承継3〜5年前 経営権の段階的委譲開始、幹部への説明 資産の移転計画立案、生前贈与開始 経営者・後継者・税理士・弁護士
承継1〜3年前 対外的な後継者紹介、共同経営期間 株式移転、事業承継税制の活用、遺言作成 経営者・後継者・専門家チーム
承継時 代表権移行、経営体制発表 相続対策の最終調整、非後継者への配慮確定 経営者・後継者・専門家チーム
承継後 モニタリング体制、アドバイザー就任 相続発生時の手続き確認、定期的な計画見直し 後継者・専門家チーム

ステークホルダー対応マトリックス

ステークホルダー 対応ポイント タイミング 具体的アクション
後継者 育成計画、評価基準、権限範囲の明確化 早期から段階的に 外部研修参加、毎月の業績レビュー、権限委譲スケジュール表作成
他の相続人 公平性への配慮、経営と資産の分離 計画初期から定期的に 四半期ごとの家族会議、役割設計書の作成
役員・幹部社員 経営方針の継続性、人事体制 3〜5年前から 月次経営会議での説明、年2回の戦略合宿
一般従業員 雇用の安定、将来ビジョン 1〜2年前から 全体会での発表、個別面談、承継後の処遇明確化
取引先・顧客 信頼関係の引継ぎ、方針継続 1〜3年前から 共同訪問(月3社以上)、挨拶状の送付
金融機関 後継者の信用力、財務計画 3〜5年前から 四半期ごとの合同面談、5年間の返済計画提示

専門家活用ガイド

専門家 主な役割 選定ポイント 費用目安(業界平均)
税理士 自社株評価、税制活用、節税対策 事業承継支援実績、M&A知識 顧問料月5〜15万円+スポット報酬
弁護士 株主間協定、遺言作成、法的リスク対応 事業承継・相続専門、調整力 案件ごと30〜100万円
中小企業診断士・事業承継士 事業計画、後継者育成、全体調整 業界知識、支援実績 月額10〜30万円/プロジェクト型
M&A仲介業者 親族外承継、第三者承継支援 支援機関登録の有無、実績 成功報酬型(売買価格の3〜5%)

公的支援機関連絡先

7. まとめ:重要ポイント整理

経営と資産は表裏一体:会社の持続性と家族の幸福を両立させる設計を

承継・相続双方の知識と戦略が必要:自社の状況に合わせた複合戦略を

専門家との連携が成功の鍵:税理士・弁護士・事業承継士の連携体制を

全体設計がトラブルの予防線になる:今すぐ10年計画の策定に着手を

経営者自身の”想い”を明文化することが大切:自分の価値観を伝える機会に

後継者育成と財産移転は並行して進めるべき:人と資産の両面から計画を

ステークホルダー全体を視野に入れた計画が重要:取引先・金融機関・従業員の反応を想定し対策を

まずは今日から、以下の「第一歩」を踏み出しましょう

  1. 自社株評価の試算を税理士等の専門家に依頼する
  2. 後継者候補との初回面談日程を設定する
  3. 家族全員を交えた会議の日程を決める
  4. 事業承継・引継ぎ支援センターへの相談予約を入れる
  5. 経営者としての想いを文書化する時間を確保する

8. チェックリスト:計画の進捗確認

このチェックリストは、中小企業基盤整備機構『事業承継支援マニュアル』(2022年)を参考に、筆者の実務経験を加えて作成したものです。

経営面の準備

後継者候補の選定と育成計画が作成されている

後継者に必要なスキル・知識の明確化と習得計画がある

権限委譲のスケジュールと評価基準が明確になっている

経営理念・方針の文書化と共有がなされている

幹部社員・従業員への説明計画がある

取引先・金融機関への後継者紹介計画がある

引継ぎ後のアドバイザー体制が検討されている

資産・相続面の準備

自社株の評価額を把握している

事業用資産と個人資産の区分が明確になっている

相続人全員の意向と期待を確認している

非後継者への配慮策を検討している

事業承継税制など税制特例の活用を検討している

生前贈与計画を策定している

遺言書の作成を検討している

不動産の相続登記義務化への対応準備がある

専門家連携の状況

事業承継に精通した税理士と相談している

相続・事業承継に詳しい弁護士と相談している

事業承継・引継ぎ支援センターに相談している

専門家同士の連携体制ができている

定期的なレビュー会議の予定が組まれている

合意形成の進捗

家族会議の定期開催ができている

後継者と非後継者の役割分担が明確になっている

相続財産の分配方針について話し合いができている

親族間での合意事項を文書化している

家族以外の株主との調整ができている

9. 免責事項(2025年3月時点)

  • 本記事の内容は、2025年3月時点の法令・制度に基づいています。最新の情報は各公的機関のホームページ等でご確認ください。
  • 紹介した事例は実際の支援事例をもとに再構成したものであり、個別の状況により結果は異なります。
  • 事業承継・相続対策は個々の企業・家族の状況により最適解が異なります。必ず専門家への相談を行った上で進めてください。
  • 税制優遇措置や公的支援制度は、適用要件や申請期限が厳格に定められています。利用を検討する場合は、事前に詳細を確認し、余裕をもって準備を進めることをお勧めします。
  • 本記事は一般的な情報提供を目的としており、法律・税務・経営に関する専門的助言を構成するものではありません。具体的な対策については、税理士、弁護士、中小企業診断士等の専門家にご相談ください。

参考文献・参考情報

  1. 中小企業庁『2023年版中小企業白書』(2023年)
  2. 帝国データバンク『2023年全国企業倒産・休廃業動向調査』(2023年)
  3. 国税庁『令和4年分相続税の申告状況』(2023年)
  4. 中小企業基盤整備機構『事業承継支援マニュアル』(2022年)
  5. 金融庁『事業承継ガイドライン』(2019年)
  6. 中小企業庁『事業承継ハンドブック』(2023年版)
  7. 経済産業省『令和6年度事業承継・引継ぎ補助金公募要領』(2024年4月)
  8. 国税庁『相続時精算課税制度のあらまし』(令和6年1月)
  9. 法務省『不動産登記法の改正による相続登記の義務化』(2023年)
  10. 日本政策金融公庫『事業承継・集約化支援資金』(2024年3月確認)
  11. 全国信用保証協会連合会『事業承継特別保証制度』(2023年)
  12. 経営者保証に関するガイドライン研究会『経営者保証に関するガイドライン』(2019年12月改訂)
  13. 中小企業基盤整備機構『事業承継実践マニュアル』(2021年)