3.事業承継の方法別に見る相続戦略の変化
親族内承継・従業員承継・M&Aで変わる資産の守り方と残し方
この記事で解決できる課題
- ✅ どの事業承継方法を選ぶかによって、相続対策がどう変わるか理解できる
- ✅ 自社株や不動産などの財産の扱い方が承継方法により異なることを把握できる
- ✅ 親族や家族との公平な相続のために何を準備すべきかが明確になる
- ✅ M&Aを選んだ場合の相続対策上の留意点がわかる
- ✅ 相続税や贈与税の活用戦略がケースごとに把握できる
- ✅ 事業承継と相続対策の理想的なタイムラインを理解できる
1. はじめに
中小企業経営者にとって、「誰に承継するか」という選択は、単に経営の問題だけでなく、自らの財産の相続にも大きな影響を与える重大な決断です。計画的に準備を進めないと、相続税負担の増大や家族間の争いを招くリスクがあります。
事業承継の主な方法は次の3つに大別されます:
- 親族内承継
- 従業員(役員)への承継
- 第三者へのM&Aによる承継
それぞれの方法によって、自社株や不動産といった資産の位置づけが異なり、相続税対策・遺産分割・法的手続きも変わってきます。特に令和元年の相続法改正や令和5年度の税制改正により、事業承継に関連する制度は大きく変化しています。
本記事では、事業承継方法別に相続戦略がどう変化するかを整理し、「経営と資産の最適な橋渡し」を実現するための考え方を解説します。
2. リスクの認識
事業承継を検討する際に認識すべき主なリスクは以下の通りです:
親族内承継のリスク
- 遺留分侵害リスク: 後継者へ多くの財産を集中させることによる他の相続人からの遺留分侵害請求
- 争族リスク: 財産分配の不公平感から生じる家族間の対立や事業継続への悪影響
- 相続税負担リスク: 事業用資産を適切に評価・対策しない場合の過大な相続税負担
- 経営能力ギャップ: 親族後継者の経営能力不足による事業価値の毀損
従業員承継のリスク
- 経営と所有の分離リスク: 経営権と所有権が分離することによる意思決定の複雑化
- 株主権行使リスク: 相続人株主による経営への不当な介入
- 資金調達リスク: 後継者が株式取得資金を調達できないリスク
- 相続発生時の混乱: 明確な遺言や株主間契約がない場合の混乱
M&A承継のリスク
- 現金評価リスク: 株式から現金に資産が変わることで、評価減の余地が少なくなり相続税負担が増加
- 資産運用リスク: 売却資金の運用先選定の失敗による資産価値の毀損
- 相続人間の分配リスク: 売却後の現金資産の分配における不公平感
- 二次相続リスク: 配偶者への相続後、子への相続時の税負担拡大
これらのリスクは早期に認識し、計画的な対策を講じることが重要です。特に、事業承継方法の選択は相続対策と一体的に検討する必要があります。
3. 解決の方向性
事業承継の方法ごとに、相続対策として以下の方向性が考えられます:
親族内承継の解決方向性
- 税制優遇の最大活用: 特例事業承継税制を活用した納税猶予・免除
- 株式集中と財産分散のバランス: 後継者に経営権を集中させつつ、他の相続人への代償措置を検討
- 段階的承継: 生前贈与や経営権・財産権の段階的移転による円滑な承継
- 家族間コミュニケーション: 早期からの家族会議による方針の共有と合意形成
従業員承継の解決方向性
- 所有と経営の分離設計: 持株会社スキームなど、経営権と財産権を分離する仕組みづくり
- 株主関係の明確化: 定款や株主間契約による議決権行使や株式譲渡に関するルール設定
- 買取資金の確保: 生命保険や借入など、後継者の株式買取資金の確保策
- 相続人の経営関与の適正化: 相続人が株主となる場合の経営関与範囲の明確化
M&A承継の解決方向性
- 資産の多様化: 売却資金の適切な分散投資による相続税評価の最適化
- 法人活用: 資産管理会社を活用した株式評価の引き下げと世代間承継の円滑化
- 計画的贈与: 暦年贈与や相続時精算課税制度を活用した計画的な資産移転
- 信託の活用: 家族信託などを活用した財産管理と承継の円滑化
事業承継と相続対策は、早期に着手し、専門家と連携しながら計画的に進めることが成功の鍵となります。
4. 解決策・戦略の具体的提案
親族内承継の相続戦略
1. 特例事業承継税制の活用
- 2027年3月31日までに特例承継計画を提出し、最大100%の納税猶予を受ける
- 5年間の事業継続要件(雇用8割維持など)をクリアし、納税免除を目指す
- 計画策定には専門家の支援を受け、都道府県知事の認定を確実に取得
2. 株式評価対策
- 純資産価額方式の場合は、会社の内部留保を適正化し株式評価を引き下げる
- 類似業種比準方式の場合は、配当を適正化し、評価額を調整
- 種類株式の発行による議決権と配当権の分離で、後継者と非後継者のバランスを図る
3. 遺留分対策
- 民法第1044条(特別受益の時効)を活用し、相続開始10年以上前からの計画的な生前贈与
- 遺留分に関する民法改正(金銭債権化)を活用し、現物返還リスクを回避
- 代償分割や生命保険を活用した非後継者への公平な資産分配
4. 遺言・家族信託の活用
- 自筆証書遺言書保管制度の活用による法的効力の確保
- 後継者への自社株集中と他の財産による非後継者への配慮を明記
- 認知症リスクに備えた家族信託の活用
従業員承継の相続戦略
1. 持株会社スキームの構築
- 会社分割による持株会社と事業会社の設立
- 持株会社株式を創業者一族で保有し、事業会社の経営権を従業員後継者に委譲
- 持株会社からの配当による創業者一族の収入確保と段階的な株式移転
2. 株主間契約・定款整備
- 議決権制限株式や拒否権付株式など種類株式の活用
- 株主間契約による議決権行使の取り決め
- 相続人に対する株式買取請求権の設定
3. 買取資金の確保
- 従業員持株会の活用による段階的な株式取得
- 経営者保険を活用した相続発生時の買取資金確保
- 金融機関とのM&Aファイナンス(MBO型)の事前協議
4. 相続税対策
- 持株会社株式の評価方法の最適化(配当還元方式の適用可能性)
- 不動産などの事業用資産と株式の切り分けによる小規模宅地等の特例活用
- 相続発生時の混乱回避のための明確な遺言作成
M&A承継の相続戦略
1. 売却資金の最適化
- 株式譲渡所得税の軽減策(特定同族会社株式の特例など)の検討
- M&A仲介手数料等の必要経費の適正計上
- 条件付取引対価(アーンアウト)の活用による課税繰延
2. 資産管理会社の設立・活用
- 売却資金の一部を資産管理会社に出資し、株式評価の引き下げ
- 資産管理会社による収益不動産投資で相続税評価の圧縮
- 子会社への現物出資による資産承継の円滑化
3. 計画的贈与プログラム
- 暦年贈与(年間110万円の基礎控除)の計画的活用
- 相続時精算課税制度(特別控除2,500万円)の活用
- 教育資金贈与信託や結婚・子育て資金贈与特例の検討
4. 信託スキームの活用
- 家族信託による財産管理と世代間の円滑な資産移転
- 受益者連続型信託を活用した二次相続対策
- 受益権の分割による相続人間の公平な分配
これらの戦略は、企業の状況や家族構成、資産状況に応じて組み合わせて活用することが重要です。早期からの準備と専門家との連携が成功の鍵となります。
5. 成功事例紹介
【成功事例1】親族内承継による製造業A社の事例
企業概要: 年商3億円、従業員20名の製造業。創業者Bさん(68歳)は長男Cさんへの事業承継を決断。自社株式評価額は2億円(類似業種比準方式による評価)、その他の個人資産が1億円。
課題:
- 長男への経営権集中と次男・長女への公平な資産分配
- 相続税負担の軽減
- 会社の安定経営の確保
対策と結果:
- 特例事業承継税制を活用し、株式の80%を長男へ贈与(納税猶予を適用)
- 次男・長女への代償措置として死亡保険金3,000万円ずつを受取人指定
- 残りの株式20%は譲渡制限付きで従業員持株会に売却し、経営の安定化と現金化を実現
- 遺言書を作成し、自筆証書遺言書保管制度を活用
成果: 税理士による試算では対策を講じない場合と比較して約8,000万円の相続税負担を軽減。家族間の合意も得られ、会社経営も安定。若手従業員のモチベーション向上にも貢献。
【成功事例2】持株会社スキームを活用した従業員承継の小売業D社
企業概要: 年商5億円、従業員35名の小売業。オーナーEさん(72歳)は右腕の専務Fさんへの承継を決断。自社株評価額は3億円(純資産価額方式)、その他資産が2億円。
課題:
- 経営権の円滑な移転と創業家の財産権保全の両立
- 後継者の資金負担軽減
- 相続人間の公平性確保
対策と結果:
- 会社分割により持株会社と事業会社を設立
- 事業会社株式の30%を役員持株会で取得、Fさんが事業会社の経営権を確保
- 持株会社株式は遺言によりEさん配偶者と3人の子に均等分配する予定
- 株主間契約で議決権行使や株式譲渡に関する取り決めを明確化
- 経営者保険を活用し、相続税の納税資金を確保
成果: Fさんの経営権を確保しつつ、Eさん家族の財産権も保全。相続税は約1.5億円発生するものの(持株会社株式の評価減20%を考慮した試算)、納税資金対策も万全。事業の成長も継続。
【成功事例3】M&Aで売却したサービス業G社オーナーの相続対策
企業概要: 年商10億円、従業員50名のサービス業。オーナーHさん(75歳)は大手企業にM&Aで8億円で売却。譲渡所得税2億円を差し引いた6億円が相続対策の対象。
課題:
- 現金化による相続税評価額の上昇
- 資産運用と節税の両立
- 配偶者の生活保障と子供3人への公平な資産承継
対策と結果:
- 売却資金の30%(1.8億円)を資産管理会社に出資し、不動産投資運用
- 3,000万円ずつを3人の子供に生前贈与(暦年贈与の活用)
- 残り3.3億円を家族信託を活用し、配偶者の生活資金と次世代への承継を両立
- 資産管理会社の株式を配当還元方式で評価することで評価額を圧縮
成果: 対策前には約6億円あった相続税評価額を約4億円に抑え、相続税負担を約40%(約1億円)軽減。配偶者の生活も安定し、次世代への円滑な資産承継の道筋も確立。
注: 上記事例はあくまでモデルケースであり、実際の評価額・税額は個別の状況により異なります。専門家による具体的な試算が必要です。
6. 実践の進め方と準備
事業承継と相続対策のタイムライン
事業承継と相続対策は、以下のようなタイムラインで進めることが理想的です(筆者の実務経験および中小企業庁「事業承継ガイドライン」令和4年改訂版を参考に構成):
【10年前~】基礎的な検討段階
- 事業承継の基本方針検討(親族・従業員・M&Aのいずれか)
- 自社株式や事業用資産の評価額を試算
- 経営状況・財務状況の見直しと改善
- 後継者候補の選定・育成開始
【7年前~】承継方法決定段階
- 事業承継方法の最終決定
- 特例承継計画の作成・提出(2027年3月31日期限)
- 株主構成や資本政策の見直し
- 相続税の概算と対策の基本方針策定
【5年前~】具体的な準備段階
- 計画的な自社株移転の開始(生前贈与・譲渡)
- 必要に応じた組織再編(持株会社化など)
- 後継者の経営参画と権限委譲
- 定款・株主間契約の整備
【3年前~】実行段階
- 後継者育成の本格化と権限委譲の加速
- 遺言書の作成・保管
- 非事業用資産の切り離しや整理
- 金融機関・取引先への後継者紹介
【1年前~】最終調整段階
- 最終的な資産評価と相続税試算
- 関係者(家族・従業員・取引先)への説明
- 事業承継税制の適用要件の最終確認
- 納税資金対策の最終調整
早期に着手することで選択肢が広がり、税負担も軽減される可能性が高まります。特に現在は令和5年度税制改正により事業承継税制の特例承継計画の提出期限が2027年3月31日まで延長されているため、この機会を活用することが重要です。
専門家チームの編成
事業承継と相続対策を成功させるためには、以下の専門家からなるチームを編成することが効果的です:
専門家 | 役割 |
---|---|
税理士 | 相続税・贈与税対策、株価対策、税制優遇措置の適用 |
弁護士 | 遺言作成、株主間契約、種類株式設計、信託契約 |
中小企業診断士 | 事業価値向上、経営改善、後継者育成 |
ファイナンシャルプランナー | 生命保険活用、資産運用、キャッシュフロー分析 |
M&A専門家 | 企業価値評価、買収候補先の選定、条件交渉(M&A承継の場合) |
これらの専門家が連携して総合的な対策を講じることが重要です。特に税理士と弁護士は早期から関与させ、継続的なアドバイスを受けることをお勧めします。
7. まとめ:重要ポイント整理
✅ 事業承継方法によって相続戦略は大きく変化する
– 親族内承継:事業承継税制活用・遺留分対策が中心
– 従業員承継:経営と所有の分離がカギ
– M&A承継:現金化後の資産管理・分散が重要
✅ 早期着手が成功の鍵
– 理想的には10年前から準備を開始
– 特例事業承継税制は2027年3月31日までに計画提出が必要
– 段階的な資産移転で相続税負担を軽減
✅ 「経営権」と「財産権」の分離と統合を戦略的に設計
– 持株会社スキームなどを活用した柔軟な設計
– 種類株式による議決権と配当権の分離
– 株主間契約による安定的な関係構築
✅ 家族間の合意形成が不可欠
– 早期からの家族会議による方針の共有
– 公平性と経営の安定性のバランス
– 遺言・信託などの法的枠組みの整備
✅ 税制優遇措置を最大限活用
– 事業承継税制による納税猶予・免除
– 小規模宅地等の特例などの相続税軽減措置
– 生前贈与の計画的活用
✅ 専門家チームによる支援体制の構築
– 税務・法務・経営の専門家による総合的支援
– 継続的なモニタリングと計画の見直し
– 最新の税制・法制度への対応
8. チェックリスト:計画の進捗確認
基本準備(全承継方法共通)
自社株式の評価額を把握している
事業用資産と非事業用資産を明確に区分している
後継者候補の選定・育成計画がある
相続税の概算額を試算している
特例事業承継計画の提出要否を検討している(2027年3月31日期限)
専門家(税理士・弁護士等)に相談している
親族内承継の場合
特例事業承継税制の適用可能性を検討している
非後継者への資産分配計画がある
遺言書を作成・保管している
遺留分対策を講じている
生前贈与のスケジュールを立てている
家族会議で基本方針を共有している
従業員承継の場合
持株会社スキームの検討をしている
株主間契約や定款の整備を検討している
後継者の株式買取資金の確保策がある
相続発生時の株式取扱いを決めている
経営権と財産権の分離プランがある
役員退職金や顧問契約などの処遇計画がある
M&A承継の場合
M&A後の資金運用・管理計画がある
資産管理会社の設立を検討している
譲渡所得税の軽減策を検討している
生前贈与計画を立てている
家族信託などの活用を検討している
二次相続を見据えた対策を検討している
最終段階の確認事項
金融機関・取引先への承継計画の説明をしている
相続税の納税資金対策が十分である
事業承継後のガバナンス体制が明確になっている
承継後の経営計画が策定されている
不測の事態(急な相続発生など)への対応策がある
定期的な計画の見直しの仕組みがある
9. 免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別具体的な税務・法務アドバイスを提供するものではありません。記事内の試算例はあくまでモデルケースであり、実際の評価額・税額は個別の状況(株価算出方法、相続人の構成、特例の適用可否など)により大きく異なります。
具体的な事業承継計画や相続対策の実行にあたっては、必ず税理士、弁護士などの専門家に相談のうえ、個別の状況に応じた対策を検討してください。
また、税制や法制度は頻繁に改正されます。本記事の情報は2025年3月時点のものであり、その後の法令改正により内容が変更されている可能性があることをご了承ください。
参考文献・参考情報
- 中小企業庁「事業承継税制(法人版)の概要」(令和5年4月改訂)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.html - 国税庁「事業承継税制について」(No.4166 非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予・免除)(令和5年4月1日更新)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4166.htm - 中小企業庁「事業承継ガイドライン」(令和4年改訂版)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2017/170405shoukei.htm - 法務省「自筆証書遺言書保管制度について」(令和2年7月10日施行)
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html - 『事業承継・相続の税務Q&A 第3版』(一般社団法人 全国信用保証協会連合会編、きんざい、2023年発行)
- 中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援センター」
https://shoukei.smrj.go.jp/