13.安定収入源の構築

経営引退後も資産を減らさず、生活と相続を支えるキャッシュフロー戦略

この記事で解決できる課題

  • ✅ 事業承継後、生活費をどうまかなうか不安がある
  • ✅ 預金を取り崩すしかなく、将来の相続や医療費が心配
  • ✅ 安定収入を確保しつつ、リスクを抑えた運用法を知りたい
  • ✅ 相続対策や納税資金の確保も同時に進めたい
  • ✅ 不動産・保険・金融商品などをどう組み合わせるか分からない

1. はじめに

経営を引退した後、最も重要なのは「資産をどう減らさずに活かすか」。退職金や不動産、自社株の売却資金があっても、それを取り崩して生活するだけでは将来的に不安が残ります。

例えば、月に50万円の生活費が必要な場合、年間600万円、20年では1.2億円が必要となります。さらに、厚生労働省「令和3年介護給付費等実態統計」によれば、介護が必要になれば月額20〜30万円の追加費用が発生する可能性もあります。ただ単に預金を取り崩すだけでは、将来の医療費や相続税の納税資金が不足するリスクがあります。

そのためには、計画的かつ持続可能な”安定収入源”を確保することが重要です。この記事では、老後資金・相続対策・納税資金の確保を見据えた「収入の土台づくり」の方法を具体的に解説します。

2. リスクの認識

経営者が引退後に直面する主なリスクには、以下のようなものがあります。

資産の目減りリスク

単純な預金取崩しでは、長寿化に伴い資産が枯渇する可能性があります。厚生労働省「令和3年簡易生命表」によれば、65歳男性の平均余命は約20年、女性は約25年となっており、早めの対策が必要です。

医療・介護費用の増大

厚生労働省「国民医療費」(令和3年)によれば、75歳以上の高齢者の平均的医療費は生涯で400〜500万円程度。さらに介護が必要になれば、要介護度に応じて月額10〜35万円(5年間で600〜2,100万円)の追加費用が発生します。

インフレリスク

日本銀行の物価目標は2%であり、単純な預金では長期的な物価上昇に対応できません。現金保有だけでは実質的な資産価値が低下していきます。

相続税納税資金の不足

国税庁「相続税の統計」によれば、事業資産や不動産など換金性の低い資産が多い場合、相続発生時に納税資金が不足するリスクがあります。特に自社株や事業用資産の評価額が高い場合、現預金での納税準備が必要です。

認知症等による資産管理能力の低下

厚生労働省の調査によれば、85歳以上の約4人に1人が認知症と診断されています。高齢になるほど資産管理が困難になるリスクが高まります。

3. 解決の方向性

筆者の経験に基づき、安定収入源構築の基本方針を以下の4つに整理しました。

① 資産の現金化・収益化

不動産・退職金・保険などを収入源へ変換します。一時金を分割受取型に変換することで、長期的な収入確保が可能になります。

② 分散化

リスクを抑えるため複数の収入源を持ちます。資産の種類(不動産・金融商品・保険など)、地域、期間で分散を図ることが重要です。

③ 長期的視野

10年〜20年続く「定期収入」への設計を心がけます。インフレ対応も考慮した設計にすることで、実質的な資産価値を維持できます。

④ 相続・税務との整合性

贈与・納税資金の確保を前提とした設計にします。相続税評価額の引き下げも同時に検討することで、二重の効果を得られます。

4. 解決策・戦略の具体的提案

4-1. 賃貸不動産による安定収入戦略

想定利回り: 年3〜5%(都市部中心部:3%前後、郊外:4〜5%)
※筆者の実務経験に基づく2023年時点での一般的な水準であり、市場環境によって変動します

メリット:

  • インフレに強い(賃料改定で対応可能)
  • 国税庁「財産評価基本通達」に基づく相続税評価では、不動産は路線価方式で評価され、一般的に時価の約70〜80%程度になることが多いとされています
  • 自己資産の収益化が可能

注意点:

  • 管理負担あり(管理会社利用で月額賃料の5%程度のコスト)
  • 国土交通省「令和3年住宅・土地統計調査」によると、全国平均空室率は約12%、立地条件の悪い地域では20%を超える場合もあります
  • 修繕リスク
    • 国土交通省「マンション大規模修繕に関する実態調査(令和2年)」および不動産管理会社の実務経験に基づく一般的な目安:
    • 築年数10年未満:年間家賃収入の5〜10%
    • 築年数10〜20年:年間家賃収入の10〜15%
    • 築年数20年以上:年間家賃収入の15〜20%
    • 大規模修繕:一般的に10〜15年周期で家賃年収の30〜50%程度の費用が発生
  • 高齢になると融資が受けにくくなる(70歳以上は要注意)
  • 単独保有の場合、高齢者の判断能力低下により管理困難になるリスク

対策例:

  • 法人化して収入と相続対策を分離(会社に賃貸収入を集約し、給与・配当で取り出す)
  • 家族信託で判断能力喪失後も管理継続(認知症対策として有効)
  • 立地重視で選定(駅徒歩10分以内、商業施設近接など)
  • 複数世代での共同保有や継承計画の早期策定

4-2. 金融商品による安定収入設計

年金保険(個人年金・一時払終身保険)

想定利回り: 年0.5〜2%(保険種類による)
※2023年時点の主要生命保険会社の商品パンフレットから筆者が集計

特徴:
  • 定期的な収入が確定する(例:1,000万円の一時払いで年間25万円×10年)
  • 生命保険文化センター「生命保険の税務」(2023年版)によれば、相続保険金は500万円×法定相続人数まで非課税となります
  • 相続税評価の引下げ(解約返戻金ベースで評価、商品によっては70%程度まで圧縮可能)
注意点:
  • 国税庁「法人税基本通達」によれば、法人契約の場合、名義変更課税や法人契約とみなされる課税問題が生じるケースがあります
  • 商品設計や契約方法によっては税務上の取扱いが異なるため、専門家に相談が必要
  • 保険会社の財務健全性も考慮する必要あり

債券・分配型投資信託

想定利回り: 国債1〜2%、社債2〜4%、分配型投信2〜4%
※日本証券業協会「公社債店頭売買参考統計値」および投資信託協会「投資信託の運用実績」(2023年版)に基づく

債券:
  • 毎年一定利息を得られる
  • 金利変動リスク(金利上昇時に債券価格が下落)
  • 満期保有なら元本確保可能だが、途中売却時は価格変動リスクあり
  • 発行体の信用リスクにも注意(社債は発行企業の信用格付けを確認)
投資信託(毎月分配型):
  • 金融庁「資産運用の基礎知識」(2022年)によれば、分配金には「特別分配金」(元本払戻し部分・非課税)と「普通分配金」(運用益・課税対象)があります
  • 分配金=利益ではないことに注意(元本から支払われる場合も多い)
  • 投資信託協会の「分配金のしくみと税金」(2023年)によれば、高分配金の商品は実質的に元本取崩型の場合が多い(タコ足配当)
  • 分配金の源泉を確認することが重要(運用報告書で確認可能)
  • 元本維持重視なら、分配金を抑えた「分配控えめ型」や「資産成長型」を選ぶことも検討

高配当株・ETF

想定利回り: 国内株2〜4%、海外株(新興国含む)3〜6%
※日本取引所グループ「東証上場銘柄の配当利回り分布」(2023年)および国際投資信託協会(ICI)「Global ETF Data」に基づく

特徴:
  • インカムゲイン(配当)が狙える
  • 分散・長期保有が前提
  • 株価変動リスクあり(元本変動を許容できる資金で運用)
リスク補足:
  • 配当利回りが高い銘柄ほど業績悪化リスクも高い傾向がある
  • 日本証券業協会の「個人投資家の証券投資に関する意識調査」(2022年)によれば、リーマンショック時(2008年)には主要ETFでも30%以上の下落が見られました
  • 金融庁「資産運用の基礎知識」(2022年)では、株式投資は最低5年以上の運用期間を想定することが推奨されています

4-3. 生命保険の活用:納税資金+収入確保

活用例:

  • 一時払終身保険(5,000万円加入)→相続時に6,000万円の保険金で納税資金確保
  • 年金支払型保険で、退職金(例:1億円)を年間500万円×20年の安定収入化
  • 一般社団法人生命保険協会の「企業向け保険活用ガイド」(2023年版)によれば、法人契約は退職金対策と節税効果を組み合わせることが可能です
    (例:役員退職金4,000万円を一時払い終身保険で受け取り、毎年200万円の年金収入)

注意点:

  • 国税庁「法人税関係通達」によれば、法人契約から個人契約への名義変更時に課税関係が生じる可能性があります
  • 保険設計は税理士・保険専門家との十分な協議が必要
  • 財務省「令和6年度税制改正の解説」に記載されている相続時精算課税制度の見直しでは、2024年以降、非課税枠の再利用が容認される予定です

相続税メリット:

国税庁「相続税の配偶者控除のあらまし」によれば、配偶者が受け取る保険金は一定の要件のもと配偶者控除の対象となり、実質的な非課税効果が期待できます

5. 成功事例紹介

事例1: 製造業経営者A氏(68歳)の安定収入構築

背景:

従業員50名の製造業を長男に承継。退職金3億円と自己所有の事業用不動産2棟(評価額2億円)を保有。

課題:

  • 月60万円の生活費を確保したい
  • 相続税の納税資金を準備したい
  • 認知症リスクへの備えが必要

解決策:

  1. 事業用不動産をリノベーションし賃貸物件化(年間収入2,400万円)
  2. 退職金3億円のうち1億円を一時払終身保険に加入(年金受取型)
  3. 1億円を国内外の債券・高配当ETFに分散投資
  4. 残り1億円を預金として流動性確保

結果:

  • 月額収入:200万円(不動産100万円+保険年金50万円+配当・利息50万円)
  • 相続税評価額の圧縮:約1億円(不動産の評価減+保険の評価減)
  • 家族信託を設定し認知症対策を実施

事例2: サービス業経営者B氏(65歳)の段階的収入確保

背景:

従業員30名のサービス業をM&A売却。売却代金5億円と自宅(評価額1億円)を保有。

課題:

  • 引退後すぐは旅行などを楽しみたいため多めの支出が必要
  • 年齢とともに必要経費は減少する見込み
  • 配偶者と子2人への円滑な相続も準備したい

解決策:

  1. 売却代金のうち1億円で賃貸用区分マンション4戸購入
  2. 1億5千万円を10年確定年金保険に加入
  3. 1億5千万円を国内外の分散投資(債券60%、株式30%、REIT10%)
  4. 1億円を預金として流動性確保

年代別設計:

  • 65-70歳:月80万円(年金保険150万円+不動産40万円+投資収益30万円)
  • 71-75歳:月60万円(年金保険終了後、投資配分見直し)
  • 76歳以降:月50万円(介護費用準備金を別途確保)

6. 実践の進め方と準備

STEP1: 必要資金の試算(〜3ヶ月)

  • 老後必要資金の算出:月額生活費×12ヶ月×予想寿命まで
  • 医療費・介護費の積立:
    • 厚生労働省「国民医療費」(令和3年)によれば、75歳以上の高齢者の平均的医療費は生涯で400〜500万円程度
    • 厚生労働省「介護給付費等実態統計」(令和3年)によれば、介護費用は要介護度によって月額10〜35万円(5年間で600〜2,100万円)
  • 納税資金の試算:相続税概算額の60〜70%を準備(筆者の実務経験に基づく一般的な目安)

STEP2: 資産の棚卸し(〜6ヶ月)

  • 流動性の高い資産(現預金・有価証券)と低い資産(不動産・自社株)の区分
  • 収益性の評価(利回り・収益性の試算)
  • 相続税評価額の把握(特に事業用資産・自社株)
  • 不動産の場合、築年数別の将来修繕費用も見積もっておく

STEP3: 収入源の確立(1〜2年)

  • 不動産の収益化(賃貸・REIT・信託など)
  • 金融資産の収入化(分配型投信・年金保険・高配当株など)
  • 事業資産の現金化(M&A・事業承継・株式売却など)
  • 管理体制の構築(法人化・家族信託・専門家との連携)

STEP4: 継続的なモニタリング(毎年)

  • 収入と支出のバランス確認
  • 資産配分の見直し(市場環境変化に応じて)
  • 税制改正への対応(相続税・所得税などの変更点確認)
  • 健康状態に応じた管理体制の見直し(認知症リスク対策)

段階別の設計イメージ(60代〜80代)

以下は、筆者の資産運用コンサルティング経験に基づく一般的なモデルケースです。個々の状況により適切な金額は異なります。

年代 設計例 目的 収入イメージ(3億円の資産の場合)
60代 賃貸収入+私的年金+金融資産運用 生活費+老後資金形成 月70万円(賃貸30万円+年金20万円+配当20万円)
70代 賃貸+生命保険年金型+債券型投信 安定収入+医療費準備 月60万円(賃貸25万円+保険年金25万円+債券10万円)
80代 預金・保険の取り崩し+家族信託移行+介護準備金 相続対策・認知症対策・介護費用 月50万円(基本)+介護費用準備(月20〜30万円)

※厚生労働省「国民生活基礎調査」(令和3年)によれば、市場環境や物価上昇によって必要生活費は変動するため、生活費の可

※厚生労働省「国民生活基礎調査」(令和3年)によれば、市場環境や物価上昇によって必要生活費は変動するため、生活費の可変性も考慮した資金計画が必要です

専門家活用のポイント

安定収入源の構築には、以下の専門家とのチーム形成がおすすめです:

  1. 税理士:相続税対策・法人活用の観点から
    • 最新の税制改正情報に精通した専門家を選ぶ
    • 法人契約保険の税務取扱いに詳しい専門家が望ましい
  2. ファイナンシャルプランナー:総合的な資産設計
    • キャッシュフロー重視の設計ができる専門家を選ぶ
    • 販売手数料よりも顧客利益を優先する姿勢を確認
  3. 不動産コンサルタント:不動産運用の最適化
    • 売買だけでなく管理・修繕まで含めたアドバイスができる専門家を選ぶ
    • 築古物件の再生や相続対策に強い専門家が望ましい
  4. 保険アドバイザー:保険商品の選定と活用法
    • 特定の保険会社に偏らない中立的な立場の専門家を選ぶ
    • 相続・事業承継の実績が豊富な専門家がおすすめ

7. まとめ:重要ポイント整理

✅ 経営を引退したら、次は「資産の経営」が始まる

✅ 安定収入は生活と相続の両立手段であり、安心の源泉

✅ 資産の活用には、「目的別に役割を分ける」視点が重要

✅ 賃貸・保険・金融資産を組み合わせたポートフォリオ設計が鍵

✅ 専門家との協業で、ムダなく、長く続く収入設計を

✅ 市場環境の変化や税制改正にも柔軟に対応できる仕組みづくりを

✅ 認知症等の判断能力低下に備えた家族信託等の仕組みも検討を

✅ 定期的なモニタリングと計画の見直しが長期的な成功の鍵

8. チェックリスト:計画の進捗確認

項目 完了 実施中 未着手
老後資金の必要額を試算している(月額×年数)
介護・医療費の積立目標を設定している
毎月の生活費・医療費・ゆとり費を把握している
資産からの収入源(不動産・保険・投資信託等)を明確化している
分散投資と資産管理体制を整備している
相続税納税資金や非後継者への資産配分を意識している
資産管理の後継者育成または代替手段を検討している
定期的な資産状況のモニタリング体制がある
不動産の将来修繕計画を立てている
市場環境の変化に対応できる柔軟性を確保している

9. 免責事項

本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に応じた具体的なアドバイスではありません。記載された数値や利回りは一般的な目安であり、将来の成果を保証するものではありません。資産運用や相続対策には各種リスクが伴いますので、必ず税理士、ファイナンシャルプランナーなど専門家に相談の上、ご自身の責任においてご判断ください。

また、本記事の情報は2023年時点のものであり、今後の法改正や市場環境の変化により内容が実際と異なる場合があります。最新の情報については、各公的機関の発表や専門家の助言を参考にしてください。

参考文献・参考情報

  1. 国税庁「財産評価基本通達」https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/
  2. 厚生労働省「令和3年介護給付費等実態統計」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kaigo/kyufu/
  3. 国土交通省「令和3年住宅・土地統計調査」https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/index.html
  4. 国土交通省「マンション大規模修繕に関する実態調査(令和2年)」
  5. 生命保険文化センター「生命保険の税務」(2023年版)
  6. 日本証券業協会「公社債店頭売買参考統計値」(2023年)
  7. 投資信託協会「投資信託の運用実績」(2023年版)
  8. 金融庁「資産運用の基礎知識」(2022年)
  9. 投資信託協会「分配金のしくみと税金」(2023年)
  10. 日本取引所グループ「東証上場銘柄の配当利回り分布」(2023年)
  11. 財務省「令和6年度税制改正の解説」
  12. 厚生労働省「国民生活基礎調査」(令和3年)
  13. 厚生労働省「国民医療費」(令和3年)
  14. 厚生労働省「令和3年簡易生命表」
  15. 国税庁「相続税の統計」(令和3年)