8.事業承継に必要な税務対策

相続税・贈与税・事業承継税制を活用し、円滑な経営権と資産の移転を実現する

この記事で解決できる課題

  • ✅ 自社株の評価が高く、相続税・贈与税の負担で事業承継が困難になるリスクがある
  • ✅ 生前贈与と相続、どちらを選択すべきか判断基準が不明確である
  • ✅ 事業承継税制の最新動向と効果的な活用方法がわからない
  • ✅ 持株会社や種類株式などの高度な税務スキームの必要性を判断できない
  • ✅ 税務対策を始めるべき適切なタイミングがわからない
  • ✅ 法務対策と税務対策を効果的に連携させる方法がわからない
  • ✅ 非後継者(他の相続人)への対応と公平性確保の方法に悩んでいる

1. はじめに

中小企業庁の「事業承継ガイドライン」(2022年改訂)によれば、事業承継は「経営の承継」だけでなく、「資産(特に自社株)の移転」という税務上の重大イベントを含みます。国税庁の統計データによれば、中小企業オーナーの相続において、相続税・贈与税の負担が数千万円〜数億円になるケースも少なくありません(国税庁「令和2年分の相続税の申告状況について」)。

事業承継の失敗原因として、税務対策の不備は上位に挙げられます。多くの経営者が「事業は順調に引き継げたが、税金で会社の資金が大幅に減少した」「相続税の支払いのために自社株を売却せざるを得なかった」といった事態に直面しています。

本記事では、2025年3月現在の最新制度に基づき、事業承継に必要な税務対策の全体像と具体的な手法を整理します。事業承継は5年〜10年の計画的な取り組みが必要であり、早期から対策を講じることが成功の鍵となります。

2. リスクの認識

自社株評価と税務リスク

中小企業庁「事業承継ガイドライン」と筆者の実務経験から、以下のリスクが特に重要です:

  1. 高額評価リスク:自社株は「非上場株式」として相続税評価の対象となり、評価額が1株あたり数万円でも、保有株数によっては数億円規模の課税資産になることがあります。
  2. 納税資金不足リスク:経営者が突然亡くなると、納税資金が確保できずに株式の分散・売却を余儀なくされるケースが多発しています。
  3. 争族リスク:相続人間の株式分散により、経営の意思決定が困難になり、会社の存続そのものが危うくなることがあります。
  4. 評価額上昇リスク:対策を先送りにすると、会社の成長に伴い自社株評価額が上昇し、税負担がさらに増大する悪循環に陥ります。

自社株の評価方法(非上場会社)

国税庁「財産評価基本通達」(令和4年6月改正)に基づく非上場株式の主な評価方法は以下の通りです:

評価方法 概要 主な適用ケース
類似業種比準方式 上場企業の財務指標と比較して算出 規模が大きく、収益性が高い企業
純資産価額方式 簿価または時価ベースの純資産に基づく 小規模・赤字企業や資産保有型会社
配当還元方式 配当額から逆算する簡便評価 少数株主や特例用

この評価方法によって算出される自社株評価額が、相続税・贈与税の課税対象となります。評価額が高ければ高いほど、税負担は増大します。

3. 解決の方向性

事業承継における税務対策は、中小企業庁「事業承継ガイドライン」および筆者の実務経験から、以下の3つの方向性でアプローチすることが効果的です:

1. 評価対策

自社株の評価額を適正に抑制することで、課税対象額そのものを減少させる方向性です。主に以下の手法が考えられます:

  • 自社株評価の引き下げ施策
  • 持株会社・種類株式の活用
  • 事業再編・資産整理による資産価値の適正化

2. 猶予・免除制度の活用

税制上の特例措置を活用し、納税そのものを猶予または免除する方向性です:

  • 事業承継税制(一般・特例)
  • 相続時精算課税制度
  • 暦年贈与の計画的実施

3. 納税資金対策

納税義務が発生した際に、円滑に納税できる資金を準備する方向性です:

  • 生命保険の戦略的活用
  • 金融機関との事前相談・資金調達枠の確保
  • 納税準備預金の計画的積立

これら3つの方向性を組み合わせることで、事業承継における税務リスクを総合的に軽減することが可能になります。

4. 解決策・戦略の具体的提案

事業承継税制の活用(2025年3月現在)

中小企業庁「事業承継税制の概要」(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/)に基づく最新情報は以下の通りです:

制度の変遷と現状

  • 特例事業承継税制:2018年に創設され、特例承継計画の提出期限は2023年3月31日で終了
  • 現行の事業承継税制:特例制度の終了後も、一般的な事業承継税制は継続して利用可能
  • 重要: 中小企業庁の発表によれば、特例事業承継税制は2023年3月末で新規受付を終了していますが、すでに提出済みの企業は、制度の期限内で引き続き猶予・免除が適用されます。今からの新規利用は不可能ですのでご注意ください。

一般事業承継税制の概要

国税庁「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(事業承継税制)のあらまし」(令和4年4月)によれば:

  • 非上場株式の相続・贈与にかかる納税猶予(最大100%)が受けられる制度
  • 一定の条件を満たせば、最終的に納税が免除される
  • 後継者が複数の場合も適用可能

活用要件(概要)

国税庁および中小企業庁の公表資料を参考に、筆者が要点をまとめると以下のようになります:

要件カテゴリ 内容
対象企業 中小企業基本法に定義された中小企業等
対象者 先代:経営者本人/後継者:代表者に就任
事前手続き 都道府県への認定申請が必要
継続要件 5年間の代表者継続、雇用の8割維持(※)など

※中小企業庁「事業承継税制における雇用確保要件の弾力化について」(2019年3月29日発表)によれば、雇用確保要件は2019年4月から弾力化され、雇用の8割を下回る場合でも一定の要件(認定経営革新等支援機関の指導助言など)を満たせば、納税猶予を継続できるようになりました。

生前贈与と相続の戦略的選択

国税庁「タックスアンサー」および筆者の実務経験に基づく比較は以下の通りです:

項目 生前贈与 相続
タイミング 自分でコントロール可能 突発的な発生も
評価時点 贈与時点 相続時点
税率構造 累進税率(最大55%) 累進税率(最大55%、ただし各種控除あり)
基礎控除 年間110万円(暦年課税の場合) 3,000万円+600万円×法定相続人数
計画性 長期的に分散可能 一時的な対応が必要
メリット 計画的に分散可能、税制の利用が多様 一括承継、基礎控除が大きい
デメリット 控除額が少ない、複数年必要 突発的発生で準備不足のリスク
主な対策 暦年贈与、相続時精算課税 事業承継税制、評価引下げ

具体的戦略

  1. 暦年贈与の活用:年間110万円の基礎控除を活用し、長期間にわたって計画的に株式を移転する方法です。早期から少額ずつ進めることで、総税負担を軽減できます。
  2. 相続時精算課税制度の活用:2,500万円までの贈与を非課税とし、相続時に一括清算する制度です。将来の株価上昇が見込まれる場合に特に有効です。
  3. 事業承継税制の活用:相続・贈与を問わず、納税猶予・免除を受けられる制度です。要件を満たせば税負担を大幅に軽減できます。

自社株評価引下げ対策

税理士実務において一般的に用いられる手法としては以下が挙げられます:

1. 財務戦略による対策

  • 利益圧縮:適正範囲内での役員報酬引上げ、従業員待遇改善
  • 不採算部門の整理:ROA(総資産利益率)の改善
  • 含み損資産の早期処分:純資産価額の適正化

2. 組織再編による対策

  • 持株会社の設立:事業会社と資産管理会社の分離
  • 種類株式の発行:議決権と配当受取権の分離
  • 株式の分散保有:同族株主比率の調整

3. 注意点

  • 税務調査リスクもあり、事業目的の合理性が重要
  • 評価引下げは「節税」ではなく「適正評価への是正」と位置づけるべき
  • 法人税等の他税目への影響も考慮が必要

具体的な実施手法

持株会社設立

中小企業庁「事業承継ガイドライン」および筆者の実務経験に基づく知見:

  • 相続時に株式を一元化して分散防止が可能
  • 議決権コントロール・種類株式と併用可能
  • 相続税・贈与税の一括対策が可能に
  • メリット:財産リスクの分散、純粋持株会社化での評価引下げ効果
  • デメリット:設立・運営コスト増、二重課税リスク

種類株式の活用

会社法および中小企業庁「事業承継ガイドライン」に基づく知見:

  • 議決権のない株式を非後継者に渡し、財産配分の公平性を確保
  • 後継者に議決権付き株式を集中させ、経営権の安定化
  • 設計例:議決権制限株式、配当優先株式、拒否権付株式など
  • 法務面:定款変更、株主総会特別決議が必要

生命保険の活用

国税庁「タックスアンサー No.4203」および筆者の実務経験に基づく知見:

  • 納税資金の準備:相続発生時の現金確保
  • 法人契約で「退職金」の原資にも活用可能
  • 活用例:逓増定期保険、長期平準定期保険など
  • 注意点:契約内容(保険の種類、加入者・受取人の設定)によって税務上の評価方法や取扱いが大きく異なります。一般的に解約返戻金ベースでの評価となる場合がありますが、個別の契約内容によって異なりますので、専門家に確認が必要です。

5. 成功事例紹介

以下は筆者の実務経験に基づく匿名化した成功事例です(個人情報保護のため詳細は一部変更しています):

事例1:製造業A社の事業承継税制活用事例

企業概要

  • 業種:金属加工製造業
  • 規模:年商8億円、従業員40名
  • 状況:創業者(70歳)から長男(45歳)への承継

課題

  • 自社株評価額:約6億円(類似業種比準方式)
  • 推定相続税額:約2億5千万円
  • 現預金:1億円(納税資金が不足)

実施した対策

  1. 特例事業承継税制の活用(2021年に申請)
  2. 計画的な議決権株式の生前贈与(3年間で30%)
  3. 非後継者(次男)向けに生命保険を活用した代償措置

結果

  • 相続税の納税猶予:約2億円
  • 実質納税負担:約5千万円
  • 経営権の安定的移転に成功

事例2:小売業B社の持株会社活用事例

企業概要

  • 業種:アパレル小売業
  • 規模:年商3億円、店舗10店舗
  • 状況:父(65歳)から娘(38歳)への承継

課題

  • 不動産含み益が大きく、純資産価額方式で評価額が高い
  • 事業用資産と投資用資産が混在
  • 他の子供2名への公平な分配が課題

実施した対策

  1. 持株会社と事業会社に分割
  2. 事業会社株式を娘に集中
  3. 不動産管理会社の株式を3人の子に均等分配
  4. 一般事業承継税制を事業会社に適用

結果

  • 事業経営の安定性確保
  • 相続税評価額の20%削減
  • 相続人間の公平性確保

事例3:サービス業C社の生前対策事例

企業概要

  • 業種:介護サービス
  • 規模:年商2億円、従業員25名
  • 状況:創業者(68歳)から従業員(非親族、42歳)への承継

課題

  • 親族内に承継者がいない
  • 非親族承継では贈与税負担が大きい
  • 創業者の老後資金確保も必要

実施した対策

  1. 会社分割による新会社設立
  2. MBO(経営陣による買収)スキームの構築
  3. 納税資金確保のための金融機関融資アレンジ
  4. 段階的な株式売買契約の締結

結果

  • 創業者:譲渡対価を老後資金として確保
  • 後継者:無理のない返済計画で株式取得
  • 従業員の雇用と事業の継続性確保

6. 実践の進め方と準備

事業承継税制活用の流れ

中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援サイト」および筆者の実務経験に基づくと、活用手順は以下の通りです:

  1. 自社株評価の実施
    • 財務データに基づく試算評価
    • 専門家による正式評価
  2. 承継計画の立案・専門家相談
    • 基本方針の決定(親族内・親族外)
    • スケジュール策定(5〜10年計画)
  3. 都道府県知事の認定申請
    • 必要書類の準備
    • 認定要件の確認
  4. 贈与または相続の実行・申告
    • 贈与契約または遺言の作成
    • 期限内の適正申告
  5. 継続条件の遵守と報告
    • 5年間の代表者継続、雇用維持
    • 定期的な報告義務の履行

事業承継に強い専門家の選び方

筆者の経験に基づく推奨ポイントは以下の通りです:

  1. 事業承継専門を掲げている
    • 専門的な知識と経験が必要な分野
    • 一般税務だけでなく事業承継実績の確認
  2. 認定経営革新等支援機関の資格を持つ
    • 国の認定資格で一定の専門知識を担保
    • 中小企業支援の実績がある
  3. 弁護士・司法書士等との連携体制がある
    • 税務だけでなく法務も重要
    • ワンストップ対応か連携体制の確認
  4. 相談実績が豊富
    • 事業承継の実績件数
    • 業種・規模の類似性
  5. 中小企業基盤整備機構等の研修に参加している
    • 最新制度の理解度
    • 継続的なスキルアップ

相談の進め方

筆者の経験に基づく推奨プロセスは以下の通りです:

  1. 現状分析
    • 自社株評価・財産評価を依頼
    • 会社・個人の財産状況の把握
  2. 課題の洗い出し
    • 経営・税務・法務の観点から
    • 短期・中期・長期の課題整理
  3. シミュレーション
    • 複数の手法による税負担比較
    • リスク分析と対応策検討
  4. ロードマップ作成
    • 5年〜10年の時間軸で対策を計画
    • マイルストーンの設定
  5. 定期的な見直し
    • 税制改正や会社状況の変化に合わせて
    • 最低年1回の進捗確認

7. まとめ:重要ポイント整理

事業承継は「経営権」と「財産権」の両面から計画すべき重要課題

自社株は経営の核であり、同時に重い課税リスクを伴う資産

事前準備と制度活用で、数千万円〜数億円の納税を回避・軽減可能

事業承継税制は一般制度が継続して活用可能(特例制度の新規申請は終了)

税務対策は「単なる節税」ではなく、「次世代に安心して引き継ぐ」経営責任

法務対策と税務対策を組み合わせた総合的なアプローチが必要

専門家(税理士・弁護士・中小企業診断士等)との連携が成功の鍵

早期(5年〜10年前)からの計画的な取り組みが望ましい

相続人全体の公平性にも配慮した設計が争族防止に役立つ

定期的な計画の見直しと税制改正への対応が必要

まずは今日から、以下の「第一歩」を踏み出しましょう

  1. 自社株評価の試算を税理士に依頼する
  2. 後継者候補との初回面談日程を設定する
  3. 事業承継・引継ぎ支援センターへ相談予約を入れる
  4. 現状の財産目録を作成する時間を確保する
  5. 専門家に相談するための質問リストを準備する

8. チェックリスト:計画の進捗確認

筆者の実務経験に基づく事業承継準備のチェックポイントです。各項目について「未着手」「検討中」「完了」のいずれかを選択し、進捗状況を把握しましょう。

チェック項目 未着手 検討中 完了
自社株の評価額を把握している
事業承継税制の対象か確認済み
贈与・相続どちらを選ぶか方針がある
納税資金の準備方法がある(保険等)
後継者が明確になっている
非後継者への対応策を検討済み
税理士と承継税制の相談をしている
持株会社・種類株式の活用を検討済み
法務対策(遺言・協定等)を検討済み
5年〜10年の承継スケジュールを策定済み

9. 免責事項(2025年3月時点)

  • 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別具体的なケースについては専門家にご相談ください。税制は改正される可能性があるため、最新情報を確認することをお勧めします。
  • 記事内のモデルケースや試算例は仮定に基づく一例です。実際の税負担は個別の状況(財産構成、評価方法、税率改正など)により大きく異なります。専門家による個別のシミュレーションをお勧めします。
  • 記載内容は2025年3月現在の税制・法制度に基づいていますが、将来の税制改正により内容が変更される可能性があります。決定に際しては、必ず最新の法令や通達を確認してください。

参考文献・参考情報

  1. 中小企業庁「事業承継ガイドライン」(2022年改訂版)https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2022/221202shoukei.html
  2. 国税庁「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(事業承継税制)のあらまし」(令和4年4月)https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4225.htm
  3. 中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援サイト」https://shoukei.smrj.go.jp/
  4. 国税庁「タックスアンサー」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/index2.htm
  5. 法務省「遺言制度について」http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00051.html
  6. 国税庁「令和2年分の相続税の申告状況について」https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2021/sozoku_shinkoku/index.htm